回想 福笑師匠④
上方落語ファンの皆様、おまっとうさんでした。
2015年10月より札幌で上方落語の寄席が少ないにと思い、ひょんなご縁で笑福亭生喬(しょうふくてい せいきょう)師匠に最初にご協力頂き、
10数回以上、生喬師匠の落語会を開催しつつ
2016年末からSNSのお客様中心に少しづつ認知されて2日間開催で130から150人ご来場頂けるようになりようやく軌道にのってきました。
その後
生喬師匠から
桂八十八(かつら やそはち)師匠(当時、宗助”そうすけ”師匠)
林家染左(はやしやそめざ)師匠
のお二人をご紹介頂き
あともうお1人、主宰の私が高校時代からのファンだった
爆笑派で創作が中心の笑福亭福笑(しょうふくていふくしょう)師匠にも当会の主任としてご参加頂きたく
生喬師匠に頼みました。
同門の生喬師匠からのご依頼もあって快諾頂きました。
早速 福笑師匠に電話で何度かご連絡させて頂きました。
「高座は豪快な感じですが、
素の師匠は非常に紳士的な方。。。」
これが偽らざる印象でした。
電話連絡では凡その条件等々の再確認と
次回 私が帰阪して師匠にもご足労頂きご挨拶させてもらう北新地の小料理屋の確認などでした。
師匠はゆっくりと丁寧な言葉で受け答えされてました。
後日のご挨拶のお店の場所の話になると
師匠
「えーもう予約されはったんですか?
そんなに気を使いはらんでもよろしいのに。
そんな 挨拶するお店なんか喫茶店かどっかでよろしいのに。。」
私
「遠路遥々 札幌迄来て頂き仕事してもらいます。
どこの誰かもわからない私の話を聞いて頂く訳ですので失礼があってはいけないと思っております。
他の師匠方にもこうしてお願いしておりますので。。。」
とご理解頂きました。
大看板の師匠ですが。。
全然 偉ぶったりなどなく逆に気を遣って頂きました!
そして2017年4月中旬に大阪でご挨拶させて頂く事になったのです。
ご挨拶当日までに、こちらからの製作上のお願いなど色々と事前にお手紙でお知らせしてからお会いしました。
師匠曰く
「プロデュースはおたくがしはるんやから私は当初の条件で一生懸命高座をつとめます。せやから何でも好きな様にしはったらよろしいんです。」
と言う事で殆どのお願いは全て了承を得ました。
「落語会の名前も好きな様につけたらよろしい。」
との事で。。。
「福笑の腹筋を鍛えて来なれの会」(2017年から2022年福笑師匠の札幌での独演会)
になりました。
直接 お会いしてからも気を遣って頂き
とにかくよくお話して頂きました。
開口一番は。。。
「オシドリを漢字で書くと鴛鴦
なんであんな鳥に怨みの様な字なんでしょう?
オシドリは一生つがいやないそうです。
せやのに。。オシドリ夫婦って言うでしょう?
なんでなんかなぁ?。。って
ところで、ペンギンはあれは一生つがいなんですわ。」
初めて会って挨拶してからの
開口一番がこれでした。
インパクトありすぎ。。でした。
来週は芸談等々のお話でございます
長々失礼しました。
2017年5月の繁昌亭夜席の高座を福笑師匠の許可を頂いて繁昌亭スタッフさん、福笑師匠のお弟子のたま師匠のご協力を頂きあげております。
お時間ございましたらご覧くださいませ
「刻うどん」笑福亭福笑
「桃太郎」笑福亭福笑
つづく
皆様、上方落語を宜しくお願いします。

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